こんにちは、I.Tak.です。 > I.Tak.さんの指摘したいことが実感できそうなもっといい方法を考え > ました。ある点を、時間的に徐々に明るくしていったり暗くしていった > りする場合を考えるのはどうでしょうか(点とはいっても、まあ2x2ド > ットくらいはあるとする・・・点じゃなくて、面でもいいのか)。これ > なら、明るさの変化の速度が最初と最後で、ちょっとおかしいと感じら > れるかもしれません。何とも思わないかもしれません。見てみたいです > 。見てみないと僕には何ともいえません。 これはおもしろそうです。 > 一方、僕が気にしている等高線問題は、もっとずっと現実的な問題で > す。縮小するとか、遠くから見る、というレアなケースを持ちだすまで 川合さんが問題にしてらっしゃる等高線問題というのは「等高線の間隔 は一定でなければならない」ということでしたっけ。 架空の入力値 -1と0の間 とか 255と256の間 にも等高線があるという 観点なんでしょうか。 > 僕は今まで125色版というのは一体どういうことなんだろうと、OSASK > -Wikiを見ながら思案していたのですが(16色モードのタイリングが5階 > 調なので、そのこととごっちゃになったのかなあとか、125という数字 > は何かの間違いなのかなあとか、そんな感じで)、これはひょっとして > 256色モードで125個もパレットを使い、高速モードで5階調、タイリン > グモードでは17階調ということなんでしょうか。 そうですが、32bppモードでは8階調のタイリングを予定していますので 33階調の出力が得られます。これが今のn8の2.5倍ほどの速度で動作します (当者調べ)。 > 今まではアプリに開放されているパレットが176個ありました(もっ > とも今はパレットを使うAPIがないので使えないことに変わりはないで > すが)。それが115個になってしまいます。使いすぎです。システムリ > ザーブが多すぎだと思います。 125色の中には 0,0,0 とか 0,0,128 とか 192,192,192 とかが含まれて いて、VGA16色の上位互換です。それでアプリに解放できるパレットは131個 あります。一応半分以上残ってるんですけど……使いすぎかなあ。 APIレベルで互換性がなくなるのは本意ではありませんので、使いすぎ ならお蔵入りにします。 > >> いや、僕は「a と b は近い」と言われても、分からないので質問し > >> たのです。aとbは、cとdよりも近い、というのは分かります。単にaとb > >> は近いと言われても、それは主観的な判断でしかないので、僕には賛成 > >> も反対もできません。僕でも分かるように、何と比べて近いと言ってい > >> るのかを教えてもらえないでしょうか。 > > > > だから、aとbを比べているんです。aとbは許容できないほどの差があり > >ますか。主観的な判断で結構ですので。 > > 主観もなにも、いったいどういうレベルの話なのか分からないので、 > 許容できると思うか思わないかも分からない・・・。 私にはこれ以上の説明はできません。どうしても意図を伝えられない ようなのでこの件は諦めます。 > 近い遠いは、差の問題であります。差が大きいか、小さいかというこ > とです。たとえばこれを長さで考えてみると、「出かけるとしたら」 > 1kmや10kmはそんなに大きな差ではない(=近い)というでしょう。し > かし「リムーバブルメディアの大きさ」ということなら、1mだって大き > すぎです。 川合さんは「リムーバブルメディアが1mもあったら大きすぎ」という 判断を何とも明示的に比較せずにしています。そういう主観的な判断で 良かったのです。 > I.Tak.さんは「aとbを比べる」と言っておりますが、それは嘘です。 > aとbを比べているのなら、僕の回答は「aです」とか「bです」とかにな > ります。僕が「0123のほうです」とか「0033のほうです」と答えるのが > 正解なんですか?そうじゃないですよね。この差違を大きいと思うかど > うかじゃないですか。 「比べる」というのは何かを二つ並べて (それはaとbかも知れないし、 a-cとa-bかも知れない) 違いを探すということではないのでしょうか。 例えば、米Aと米Bを食べ比べるとしたら、「同じくらい」または「違う」 という判断ができます。だから、自分が嘘を書いたとか不適切な表現を したとは思いません。 > > グレイスケールが色ずれを起こすとおっしゃいますが、緑一色の画像を > >減色するなら全ビット使って処理した方が好ましい結果になると思われ > >ませんか。トレードオフですよ。どちらを重視するべきかは私には分かり > >ません。 > > 緑一色の画像を処理するなら、全ビット使うほうがいいというのには > 僕も大いに賛成であります。しかし僕にはどちらを重視するべきかは、 > 自明です。だって、緑一色の画像なんて、滅多にないですからね。 滅多にあるかないかは私には予測できません。 > ところで質問ですが、I.Tak.さんはなぜ「どちらを重視するべきかは > 私には分かりません。」なのでしょうか。誤差こそ全てという目を持っ > ているなら、どちらを重視するべきかは即答できるでしょう。即答でき > ないのはなぜでしょうか。誤差だけがすべてではないという僕の主張も > (部分的には)うなずけるからですか? 誤差を使って優劣を判断する際に、ある成分の誤差を他よりも軽視する ことがあります。例えばJPEGの圧縮では輝度の誤差を色差の誤差よりも 重視しています。私には、どの成分を重んじどの成分を軽んじるべきかの 知識がありません。誤差ベクトルの向きが同じで長さが違うだけなら即答 できます。 > > じゃあ、川合さんの主観における判断基準はなんなのか、ということを > >教えてください。感性は説明不能ということでしょうか。 > > まあ確かに感性は説明不可能という面はあるでしょう。しかし、少し > は説明もできると思います。自分でいろいろ見比べて、好ましいと思っ > たり思わなかったりするわけですが、その時に、どうして好ましいと思 > ったんだろうと、自問するわけです。その結果として、 > > ・色ずれしないのは好ましい > ・リニアなグラデーションに対して、等高線がゾーンを等しい面積で > 分けているのは、好ましい > > を得たのです。 その結果は知っています。その背景にある原理・理由が知りたいのです。 > n8は単純になりました(i8やk8にくらべて単純だと僕は思っておりま > す)。少なくとも、説明は単純です。色域を4等分、もしくは13等分し > ただけです。・・・僕は単純なものが好きなんだなあとたまに感じるの > で、だからこれでしっくりきたときに、ああ、単純だから好ましいと思 > うのかな、と思ったのです。 等分という説明をするならi8は12等分 (左右をつなげて考える) なん ですけど、これは単純じゃありませんか。 > 「特殊な事情を前提にしたものはよろしくない」=「特殊な事情を前 > 提にしたものは僕にはきたなく見える」ということです。これは、もち > ろんアルゴリズムを批判しております。アルゴリズムを変えれば、違う > 結果になりますから。 ということは「見た目の印象の近さ」が第一基準で「アルゴリズムの 単純さ」が第二基準ですね? > > 最終的に判断するのが人間なのは分かりますが、微妙〜なところでは > >どうするんですか。例えば、FUJI.JPGの減色ではi8とn8の差は微妙なの > >でしたね。こういう場合、判断しないんですか。 > > はい、判断しません。むしろ聞きたいですが、どうやって判断するん > ですか?常に成立していると確信できる評価関数(この場合は誤差なの > かな)があって、それが使える場合にはもちろん使うべきですが、今は > そのようなものを僕は持っていないわけです。だから、判断しません。 川合さんがどう判断するかは知りませんが、私なら画像全体で誤差の 二乗平均を計算します。 川合さんは誤差という評価基準を否定していらっしゃいますが、誤差 拡散という減色方法も否定されるのでしょうか。誤差拡散が割とよい成果 を納めている (普及しているということは、元の画像に近い印象を与える と多くの人が認めたということでしょう) ことを考えると、誤差という 評価基準は妥当であると考えられませんか。 > 僕がOSASKに関するほとんどの場合で、客観的な理由で判断していな > いということを、いいたいのです。もちろん、サイズが小さいほうを選 > ぶとか、そういうのはあります。サイズは客観的な指標です。でも、サ > イズの小さいことがいいかどうかは意見の分かれるところですよね。だ > からこれは主観的な理由です。 機能も速度も拡張性も、サイズ以外のすべての面が同じなら、サイズが 小さい方が良いと誰もが言うと思います。これは合理的な仮定でしょう。 そして、仮定に基づいた議論は仮定以後の部分に客観性を持ちます。 I.Tak. <g240845 !Atmark! mail.ecc.u-tokyo.ac.jp> http://user.ecc.u-tokyo.ac.jp/~g240845/